論説文の主張を形式論理で理解する 2


前回のエントリーでは朝日新聞が社説で展開していたグルジアでの紛争の問題を考えてみたが、田中宇さんの「米に乗せられたグルジアの惨敗」という記事が同じ問題を扱っていて、違う視点を提出しているのを見つけた。社説では一般的な前提として分かりやすい事柄を置いて、どちらかというとロシアに対して道徳的な非難をしていた。しかしこれは社説と違って長大な論説になっているので、社説では語られていなかった特殊な事情も情報として提供されている。

社説での論説は、一般論としてはそうかもしれないが、そのような一般論では日本独自の国益に関しては何も見えてこないなというのが感想だった。だが田中さんの論説では、このグルジアの問題に関して、アメリカの影というものが強く意識されて、日本にとってのアメリカの存在というものも再考させられるきっかけを与えてくれるのではないかと思える。単純にロシアがけしからんことをしたという非難をするのは、ロシアに対する悪感情を持っている人にとっては、非難をすることで自分が勝ったような気分になり溜飲を下げるという効果はあるかもしれない。しかし、そのような感情を満足させたからといって、そのことが持つ意味を正しく理解したことにはならないし、感情的な反応の延長で国際的な関係を読んでしまえば判断の間違いにつながる恐れもあるのではないかと思う。感情的ではない、論理的に整合性のある解釈というものを田中さんの論説をヒントに考えてみようと思う。

朝日新聞の社説では、ロシア・グルジア南オセチアというような地域に対して、それらが建前的には対等な立場で国際関係を築いているというような前提に立っているように感じた。だからこそ、大国のエゴを見せるロシアの行為を非難できるという論理の展開になっているように見える。しかし、田中さんの論説を見ると、この3つの地域が対等な関係でそれぞれが結びついているということは現実にはあり得ないということが分かる。

グルジアはロシアに対しては圧迫される小国だが、南オセチアに対しては逆にロシア的な、南オセチアを圧迫する存在となっている。ロシアが非難されるなら、同じ理由でグルジアも非難されなければならない。しかし、今度の紛争は形式的にはグルジア国内で起こった問題にロシアが介入したという形に見えるため、朝日新聞の社説ではロシアに対する非難が中心になっている。

だが、ロシアはグルジアに侵略される南オセチアを支援するという名目でそのグルジアへの介入を正当化している。これは田中さんによれば「南オセチアには、OSCE(欧州安全保障協力機構)の協定に基づき、ロシア軍が「平和維持軍」として駐屯している」という事実があり、「2006年の住民投票の結果から見ると、南オセチア州に住むオセチア人のほとんどは、グルジアからの独立と、ロシア領北オセチアへの併合を希望している」というような、南オセチアの人々の支持もあるということが正当化への根拠とされているようだ。

もしロシアの支援がなければ、南オセチアはとっくの昔にグルジアの勢力下に入っていただろうと思われる。南オセチアグルジア・ロシアの関係はこのような入り組んだものになっていたようだ。グルジアはロシアに対しては、逆に圧迫される存在であるから、この関係のみで他を考慮しなければ、とっくの昔にロシアに自由にされていたかもしれない。

この3者の関係が、このように権力者と服従者の関係になっているのは、そこに利害が対立しているからだろうと思う。ロシアとグルジアの利害の対立にとって、南オセチアというのは、ロシアがグルジアを圧迫するための口実を与えてくれる存在として、南オセチアグルジアと対立してくれるのは都合がいいだろう。また、南オセチアは、自らの存在がそのようにロシアにとって有効性を持っているので、自分たちではとても対抗できないグルジアに対してロシアの後ろ盾を元にして抵抗できるという計算が成り立つ。

この計算は、グルジアに対しても成り立つ。グルジア一国だけではとてもロシアに対抗するだけの力はないが、どこか後ろ盾になるような大国があれば、それを元にしてロシアに抵抗することが出来るだろう。その大国は、ロシアと利害を対立させているようなもう一方の大国ということになる。大国同士の利害が一致するということはあまりないので、国際政治の場ではこのような外向的手腕で生き延びようとする小国がたくさんあるに違いない。

このようなバランスの元で、ロシアは軍事力ではグルジアを圧倒できるにもかかわらず、理由なしにグルジアに軍事介入することは出来なかったというのが今までの経過ではなかったかと思う。だから、今回の紛争はグルジアの方から仕掛けてきたことを、ロシアでは千載一遇のチャンスと見て反応したという見方が正しいのではないかと思う。

グルジアとしては、単純に一国だけで仕掛けたのでは圧倒的な軍事力の差で粉砕されてしまう。だから、これはその後ろ盾の大国が支援してくれるというのを当てにして行動を起こしたのではないかと考えられる。そうでなければ無謀な行動になってしまう。

グルジア側が侵攻のタイミングとして8月7日を選んだのは、翌日からの北京オリンピックのため、ロシアの権力者プーチン首相が北京に行っており、メドベージェフ大統領もボルガの川下り船中で夏期休暇中で、ロシア軍の対応判断が遅れると予測したからではないかと分析されている」そうだ。だがこの目論見は見事に外れた。むしろロシアは、そのような動きを待っていて、グルジアの動きに素早く反応したと言えるのではないかと思う。

それでもロシアの反応に対して、国際社会の反応や大国の後ろ盾があれば、まだグルジアの方に勝ち目があったかもしれないが、グルジアの後ろ盾としてのアメリカが全くロシアと対抗するだけの力を発揮しなかったというのが実情のようだ。

このグルジアの無謀とも思える行動は、「ブッシュ政権が、共和党マケイン候補を挽回させるために、グルジアのサーカシビリを焚きつけて侵攻させたという推測」もあるそうだ。だから、最初はアメリカが後ろ盾になることを約束していたので、あえてグルジアはこのような行動に踏み出したとも推測されているようだ。

朝日新聞の社説にあるようなロシアがけしからんという見方に対して、次のような見方もあるということを田中さんは指摘する。

「8月8日にグルジアとロシアが南オセチアで戦って以来、米マスコミはグルジアに味方し、冷戦時代を思い起こさせる、ロシアを非難する論調ばかりとなった。一見すると、南オセチアグルジア領なので、ロシア軍の侵攻が「悪」であり、グルジア軍の侵攻は「内政問題」となる。だが、南オセチアグルジアからの独立を求めて戦っている地域であり、そこにはグルジアとロシアも参加して定めていた停戦・平和維持の協定があった。

 グルジア軍がこの協定を破って侵攻したため、ロシア軍が応戦する形で侵攻したと考えると、悪いのはグルジアの方になる。ロシア側が、傘下のオセチア民兵を使ってグルジア軍を挑発したのが戦争の始まりだという指摘もあるが、プーチン首相が北京におり、メドベージェフ大統領もボルガの船中にいた8月7日に、ロシア政府が挑発作戦によって開戦を誘発したと考えるには無理がある。(サーカシビリは、自分も休暇中だったと言っているが)」


このような見方をすれば、ロシアを非難する論調は国際的には沈静化しそうな感じもする。アメリカでは、そもそもこのことを大統領選挙に利用しようという意図があったようなので、プロパガンダ的に戦争状態があることをあおって危機感を大きくしようとしているようだ。だがそのプロパガンダにも嘘があることが指摘されているようだ。「フォックス・ニュースは開戦直後、ツヒンバリにいた米国人少女に電話をつないで放映したが、侵攻を現場で経験した少女が、グルジア軍の侵攻を非難し、ロシア軍に謝意を表明すると、早々に電話を切り、キャスターは「戦争には、いろいろグレーゾーンがあるものです」と、少女の意見の効力を打ち消すコメントで話をまとめた」という。

このような情勢が大勢を占めるようになれば、国際的な論調は、必ずしもロシアを非難するものが一辺倒になるような感じではなくなるだろう。これはいったいどのような方向を論理の展開としてもたらすだろうか。まず指摘されているのは、「今回の下手な戦争を見て、西欧諸国はグルジアを危険視するようになった」ということだ。ロシアと対立する勢力を取り込んでロシアを押さえるという方向が難しくなっていくのではないかと感じる。むしろロシアと融和する方向で国際的な勢力は舵を切るのではないかということだ。

ロシアへの態度の変化と同時にアメリカに対する信頼が落ち込んでいくのがその反作用として考えられる。ロシアに対抗する後ろ盾としてアメリカが必ずしも信頼できなくなってきていると考えられるのではないだろうか。グルジアをたきつけておきながらアメリカは何も出来ていない。アメリカの無力というのをさらけ出しているというのは、神保哲生宮台真司氏などもマル激で語っていたことだ。

この状況の中で、「すでに米に頼って反露的な態度をとっている国々の指導者たちは、パニックになり、米に頼ってロシアと敵対する姿勢を強めざるを得なくなっている」という指摘も田中さんにある。今までの経過からいって、もうロシアと融和的な関係が作れない国は、逆にアメリカの庇護をもっと強めなければならないということで、「EU内で最も反露的なポーランドは、グルジアが米に見捨てられたのを見て、それまで1年半も米と協議を続けながらまとまっていなかったミサイル防衛協定を、突然に締結した」というようなことも起きてきている。この突然のポーランドの行為も、なぜ今なのかを考えると、田中さんの指摘によって理解するのが納得がいくような感じがする。

今後の展開に対しては、田中さんは「ポーランドウクライナが、米と反露的な軍事協約を結ぼうと動いていることは、米露が新冷戦体制に向かっていることの兆しとも考えられるが、同時に、ポーランドは反露的になるほどEU内で孤立し、ウクライナは反露的になるほど内政が混乱し、いずれも弱体化する」というようなことも指摘している。国際情勢は、朝日新聞の社説で指摘しているようなロシアへの道徳的な非難という方向ではないような様相を示しているように見える。田中さんが最後の結びで書いていることは、今後の日本の方向を国益という観点から見る上では参考になるのではないかと思う。引用して結びとしておこう。

「EUはすでに「ロシアとは対立しない。協調を保つ」と決めている。今後、可能性は低いが、もし米軍がグルジア軍を支援するために派兵した場合、ロシアと戦争する気の米と、ロシアとは戦争したくないEUとの意見対立が明確になり、NATOは空中分解する。米がグルジアNATO加盟をごり押しした場合も、同様である。米はNATOを結束させて新冷戦体制に向かうどころか、NATO解体の危機に瀕している。これも、多極化の傾向である。

 ブッシュ政権は、親米国を見捨てたり、振り落としたりする一方で、ロシアや中国、イランなどの反米非米諸国の台頭を誘発している。どう見ても「隠れ多極主義」である。軍産英イスラエル複合体の一部のように振る舞いつつ、実際には複合体が作りたい冷戦体制や米英中心世界体制を破壊している。ブッシュ政権は本質的に、軍産英イスラエルと暗闘している。」