『亜細亜主義の顛末に学べ』(宮台真司・著、実践社)


この本は、「亜細亜主義の顛末に学べ」と題されているのに、「亜細亜主義」についてはほとんど具体的な記述がないという不思議な本だ。「亜細亜主義」についてはすでに一定の予備知識を持っているという前提で書かれているようだが、その「顛末」をどう理解するかについてはどこかで一言触れておいて欲しかったと思う。それがないために、その疑問を抱いたまま読み進めるというような形になる。

おおざっぱに言えば、アジアとの連帯を求めた理想主義的な思想であったにもかかわらずに、結果的には列強の侵略と同じものを招いてしまったというのが「亜細亜主義の顛末」と考えられるだろうか。これから何がどのように学べるのだろうか。

この本は副題として「宮台真司の反グローバライゼーション・ガイダンス」というものがつけられている。その帯の部分には「アタマ悪いが力は強いジャイアンアメリカをどうコントロールするか」という言葉が書かれている。「亜細亜主義の顛末」に学ぶことによって、このような目的が達成できるという主張なのだろうと思う。だが、このつながりをすっきりと腑に落ちるように理解するのは難しい。反グローバライゼーションに関する論説は、それだけを取り上げるのであれば理解できないことではないが、これがどうして「亜細亜主義の顛末」とつながっているのだろうか。このことの意味をちょっと考えてみようと思う。

宮台氏は亜細亜主義を具体的には語らないが、かなり抽象的に語っている。それは最後の巻末インタビューに多く現れているので、そこに語られた言葉を考えることで「亜細亜主義の顛末」と「反グローバライゼーション」とのつながりを考えてみようと思う。最初の引用は次のものだ。

亜細亜主義とは簡単に言うと、「近代を反近代によって否定するような愚劣な営みをやめ、近代の力を使って近代の限界を克服する」発想です。
 そして、近代の限界の克服とは、近代の過剰な流動性−−何もかも入れ替え可能にしてしまうような流動性−−に抗って、近代の道具を使ってコミュナルな多様性を護持せんとすることを意味します。」


近代が伝統を破壊する面を持っているということは、歴史を観察していると事実として確かめられるものが見つかるのではないかと思う。それはその伝統が、歴史の進歩を押しとどめているものであり、合理性という面から考えれば否定せざるを得ない面を持っているから、近代によって否定されるものとして現れているのだと考えられる。

伝統の不合理性を合理的に理解して、合理性によって克服できればいいのだが、伝統に生きている人々にとっては、伝統そのものを否定することが許せないという感情がわいてくるだろう。そうなれば「近代を反近代(不合理性)によって否定する」ということが、感情の働きとして生まれる可能性がある。これは「愚劣な営み」であり、あくまでも「近代の力を使って近代の限界を克服する」というものが亜細亜主義の本義であるという主張が宮台氏のものだ。

この「限界の克服」をもう少し具体的に語れば「流動性」に対してそれに抗い、「近代の道具を使ってコミュナルな多様性を護持せんとする」ことになる。これでもまだ抽象的だが、この本義を貫徹するのはかなり難しいことが論理的にも理解できる。それは「近代」に対して抗いたいのに、それを直接否定することが出来ず、むしろ「近代」を利用して「近代」を実現することによって最終的にその「近代」を捨てる道を探すということになるからだ。「近代」の利用が、その有効性を十分に見せてしまうと、それを捨てることが難しくなるだろう。だが、それくらいに「近代」を有効に使いこなさなければ、単に「近代」を感情的に否定するだけでは克服できないという、宮台氏の言葉で言えば「アイロニー」が常に伴うものになる。

「近代」を否定しようと思うと、「近代」を徹底させて、まずは「近代」につぶされないように力をつけなければならない。その「近代」の有効性を享受した後で、「近代」の限界を深く自覚して「近代」を否定する心情を持ち続けなければならない。すでに便利で大きな利益をもたらしている「近代」をあえて捨て去る賢さを持たなければ、最初の目的とは全く違う、「近代」に抗うのではなく、「近代」がもたらす利権の中に巻き込まれて、その利権を守るための行動に目的が転化してしまう。それこそが、抽象的な意味での「亜細亜主義の顛末」というものになるのではないかと思う。

これは田母神論文が語っていたような心情を説明する論理としてはかなりうまい説明になるのではないだろうか。日本は、日中戦争においては、中国やアジア諸国を占領して侵略しようと「意図」したのではなく、あくまでも「意図」としては、連帯して西洋列強に対抗し、「近代」に抗おうとしたのだと考えることが出来る。むしろそう解釈する方が正しいのではないかと思う。

しかし、結果的には西洋列強の侵略と同じものをアジア諸国にもたらした。特に中国と朝鮮半島にそれは顕著に現れた。それは「近代」の克服のために「近代」を利用し、最終的には「近代」を捨てるというアイロニーを持ち続けることが出来なかったからではないかと、抽象的には解釈することが出来る。「近代」の利用によってもたらされる莫大な利益を得ようとする利権を持つものたちの国家操縦を阻止することが出来なかったというのが、具体的な日本の「亜細亜主義の顛末」ではないだろうか。

宮台氏は上の文章に続けて次の文章を書いている。ここからは「亜細亜主義」がどのように変質していくかということが読み取れる。そして、その変質が、日本においてなぜ阻止することが難しかったかが読み取れる。

「近代のもたらしうる過剰流動性の不利益を、近代の思想と技術を用いて防遏(ぼうあつ)せんとする思想。これこそが亜細亜主義の本義です。その意味では欧州主義的な発想の嚆矢だし、今日を席巻するローティーらリベラル・アイロニスト思想の嚆矢でもあります。
 さらに抽象化するとこうなります。合理主義をナイーブに徹底すると、不合理な帰結がもたらされる。このとき、ナイーブな馬鹿どもは、合理主義を否定して反合理主義に立ってしまい、却って合理主義によってペンペン草も生えないほどに席巻されてしまう。
 だったら、合理主義の限界に対処するに、合理の徹底を以てする他はない。近代の限界に対処するに、近代の徹底を以てする他はない。近代の限界に対処するのに、ナイーブな輩は「近代の超克」を主張します。だが「近代の超克」には限界はないのか(笑)、ということです。
 だから、正しいアジア主義者は合理主義の権化である他なく、かつアイロニストの権化である他ない。ところが、この国の馬鹿どもは、合理主義を拒否するが故にアメリカにやられてしまい(日本の戦前)、アイロニーの不徹底故にアメリカにやられてしまうわけです(日本の戦後)。」


亜細亜主義の変質にとって大きな意味を持つのは、合理性を失って不合理になることだ。そのような感情的反応は「ナイーブ」と形容されている。日本人の心性は大部分が「ナイーブ」と呼ばれるにふさわしいものだったように感じる。「意気に感じる」という言葉があるが、「意気」を感じたものは、それがたとえ不合理に見えようとも共感し支持してしまうというところが日本人の心性には強くあるように感じる。田母神論文に共感し、その論理的内容よりも「意気に感じて」支持する人が多いというのも、まだ日本人にはそのような感性を持っている人が多いことを示しているのだと思う。

戦時中は、日本では極端な精神主義が支配し、正に不合理な考え方が蔓延していた。そこでは合理的に考えて「出来ない」という結論を出そうものなら、「精神がたるんでいる」という評価を受けかねないものだった。このような合理主義を否定する傾向は、歴史的に見てもアメリカにやられたという結果をもたらした。合理主義を否定し、不合理な考え方に支配されていれば、合理的に考える人間には勝てないということは、論理的に帰結することが出来るだろう。

合理的な考えというのは、現実世界が従う法則性を正しく認識し、その法則性に従った未来を予測して行動を選択するということを意味する。もし、このような合理性を持たずに、感情的に気分として、それを選びたいから選ぶという基準で選択をしていたらどうなるだろうか。精神主義的な考えでは、その思いが強ければ現実はそのようになるということになるのだが、実際にはそうはならない。合理的に考えて不可能なことは決して実現しない。人間は空中に浮かび上がりたいと思っても、重力の法則がある限りそれに逆らうことは出来ない。心の持ち方では重力が否定できない。

合理的思考というのは、今起きている事実を解釈するだけなら、不合理な思考とあまり利益に差が出ない。現実は、どう解釈しようと、解釈だけならつじつまが合うように考えることが出来る。何かいいことが起きたときに、それは事前に準備したおかげで、努力の結果のたまものだと解釈してもいいし、自分は幸運な星の下に生まれた特別な人間なのだと思っても、それが起きた後の解釈であれば、それに対して解釈だけの問題には特別に支障はない。

だが、この解釈が、これから起こることにもそのまま論理として適用されるなら、そこには大きな違いが出てくる。努力の結果だと理解する人間は、この次の成功のためにも、正しい努力の方向を見出そうと思考を展開するだろう。だが、幸運な星の下に生まれたと思っている人間は、そんなことに関係なく、自分がそうしたいと思えば実現すると勘違いするだろう。不合理な考え方は、いつかはこのように不利益としての失敗をもたらすだろう。

合理主義の否定はこのような論理的帰結をもたらす。だからこそ宮台氏も「合理主義を拒否するが故に」という展開をしている。そして、この「合理主義を拒否」した連中を「この国の馬鹿ども」とも呼んでいる。「亜細亜主義の顛末」に学ぶということは、「アイロニー」を持ち続けるという意識を忘れないということも大事だが、「合理主義」を捨てて不合理な考え方に流れないようにするということも同じくらいに大事だということだ。

感情的反応を見せやすい傾向を、日本の国全体が多く含んでいるなら、かつて合理主義を捨ててしまった失敗を繰り返す恐れがある。「亜細亜主義の顛末」を学ぶのに、宮台氏が語る抽象的な側面は非常に参考になる部分だ。これは、自分がそのように不合理に流れていないか反省するために、自分の思考の結果を評価するのに役立つだろう。だが、思考の展開の過程において、このような抽象的なとらえ方を利用するのは難しい。「亜細亜主義」が、そのスタートは合理的であったにもかかわらず、不合理に転落していく過程を、もっと具体的に理解する歴史を知ることが必要だろう。そのようなものを求めてみたいと思うが、それはなかなか資料が少ないようだ。アンテナを張って、それを探す努力をしよう。

田母神論文の論理的考察 6


田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)の論文「日本は侵略国家であったのか」を考察してみようと思ったそもそものきっかけは、この論文の主張に共感する人が意外に多いということだった。僕自身は論理的な弱さを感じていただけに、自分の中には共感する気持ちが生まれてこなかった。どこが共感を呼ぶ要素になっているのだろうかということを知るために考察してみようと思った。

しかし、考察を始めて見ると、論理的な面の弱さが見えてくるだけで、ここが共感する部分なのかというのが見つからなかった。自分が共感を感じられないだけに、自分の中にないものを外に発見することが難しかったのだ。

そんなことを感じていたときに、ライブドアのブログに「CCMFさんからのコメント」をもらった。これが、僕が見えなかったものを見るために非常に参考になるものだと感じた。このコメントでは

田母神論文に対する否定的評価の典型は、「論文としては稚拙である」「学術論文の体裁をなしていない」など、テキストとしての外形を問題にする批判が、目立ちました。ただ、これは、学者の世界の中だけで通用する言い分でしょう。世の中の普通の人は、理論理屈だけでは、動かないものです。

好意的な評価としては、花岡信昭氏が「審査する側としては、田母神氏の論文はすっと素直に読むことができて、「国家や国民への思い」があふれた内容を高く評価したのだが、政治の世界や一部メディアはこれを許さなかった」と書いています。

「すっと素直に読むことができる」という花岡氏の意見に、私も同感です。これが普通の人の評価でしょう。

田母神氏の文章は、分かりやすい、いい文章だと思います。しかも、読後に、ある種の高揚感を与えます。このような文章は、書こうと思ってもなかなか書けません。

田母神氏のような軍隊や組織の頂点に立つ人には、なによりも、部下の士気を高め、やる気を引き出す能力が求められます。「感情面の「主観」的な見方が入り込む」のは、むしろ、意図的なものかもしれません。と言うのも、相手の気持ちに訴えることが重要なのですから。」


と感想が語られている。この感想は僕の中には全く生まれなかったものであり、おそらく自分では見つけることの出来ない感性だろうと思う。

田母神氏の文章が分かりやすいという指摘は正しいだろうと思う。ただ僕はそのわかりやすさを、複雑性を見過ごした、単純化して本質を見誤ったわかりやすさだと評価したために、わかりやすさに共感することは出来なかった。

「高揚感」というのは僕の中に生まれてこなかったものだ。それは僕が感性よりも論理の方に関心が高いという、やや特殊な資質を持っているからではないかとも考えられる。感性だけで高揚する人間ではないからだ。だがCCMFさんが指摘するように、これが「普通の人の感覚」であるなら、僕にとってはこの論文の主張に共感する人が多いということが意外だったが、実はそれは意外なことではなく論理的に理解できることなのかもしれない。

ただ、田母神氏がそのような効果を狙って「意図的に」そのような感性に訴える文章を書いたのではないかという評価に対しては、僕はちょっと違うのではないかという印象を持っている。むしろそのようにレトリックを駆使していない、ある意味では自分の心情を率直に書いた文章だったからこそ感性に訴えたのだと理解したい感じがする。

田母神氏は、その心情にあふれた文章から、部下に慕われる・人格の優れた軍人ではないかという感じがする。もしそれが演技であり、レトリックにあふれた文章が書けるような人間であれば、田母神氏は軍人であるよりもむしろ政治家になった方がいいタイプになるのではないだろうか。しかし政治家になるようなタイプであれば、このような論文を書いて、わざわざ不利益を生じさせる(自分自身に対しても国家に対しても)ようなことはしないのではないかと思う。

自分自身の不利益も顧みずに、その心情を率直に吐露できるというところに田母神氏の人柄が表れていて、そうであればこそその面が多くの人の感性に訴えるのではないかと思う。田母神氏の論文への共感は、その論理的内容よりも、田母神氏という人物の人柄の魅力が負っているのではないかという気がしてきた。左翼的な感性の持ち主は、このような魅力を感じる感性を持っていないのでおそらくそれには気づかないだろう。だが、率直さと自分を犠牲にしてでも他者のために尽くすということに価値を見出す人々は、田母神氏の心情に共感するものを感じてしまうのではないかと思う。

田母神氏の著書『自らの身は顧みず』の「カスタマーレビュー」を見ると、この種の共感が語られているのを感じる。それは次のように書かれている。

「日本人の鏡、田母神氏の魂を感じよう!
国を守ることを忘れた国会議員や多くのマスコミにとっては耳の痛い内容だろうが、正常な感覚を持った多くの国民にとっては極めて壮快で、読んでいてこれほど嬉しくなる本はそうはないだろう。国の方向性を変えるきっかけになる可能性を秘めた極めて大きなインパクトを持ったな本と言えるだろう。

村山談話河野談話によって損ねられた日本の尊厳と国益、それを一切回復しようとしない政治家と、それらを助長するマスコミに対しては国民の多くは非常なる不満、鬱憤を感じていたはずである。
そこに、自衛隊のトップという立場の人間が公の場で、日本の名誉を回復すべく勇気ある発言を行なったことはまさに賞賛に値する。」

「やはり田母神さんを支持することは間違っていなかった。
著者の堅固な主張と、柔軟で魅力的な姿が伝わってくる好著です。」

「田母神氏は本当に素晴らしいお方と思います
国に命をかける覚悟のある自衛官たちの誇りを守ることは非常に大事であると思いました。」

「まじ、いい!昨今、読んだ書籍で最も気概ある一書!!
この気概、この覚悟には敵わないね。すごいの一言。昨今最高の一書です。心からお勧めです。」


残念ながら僕の中にはこのような共感はないが、田母神氏のどの部分に共感するかというのは、著書の評価を語る文章からはよく読み取れると思う。このことを日本の社会という現実の状況と照らし合わせてどのように解釈するかということはなかなか難しい問題だと感じる。

宮台真司氏は、田母神氏の軍事的な意見には聞くべきものが多いといい、その専守防衛に対する批判には共感している。そのようなことを考えると、田母神氏は軍人として優れている人であろうと僕も思う。人柄も優れているのだろうと思う。では軍事的な面以外の田母神氏の意見も、それに真摯に耳を傾けて理解すべきかといえば、そこには躊躇を感じる部分がある。

軍事的に優れた意見を語る人が、政治的にも優れた判断をするとは限らないからだ。専門外の分野に関しては間違ったことをいう可能性があることを常に忘れてはならないと思う。もっとも、それを忘れずに細かく分析をしていたら、なかなか感性で共感するという気持ちのいい経験が出来なくなることは確かだ。「高揚感」を味わうことは出来なくなる。それでも僕はやはり、冷めた(=覚めた)論理を使って「高揚感」を捨てることが大事な場合もあることを主張したいと思う。

田母神氏は軍人であって歴史家ではない。歴史に対する判断は、その複雑な構造をすべて考慮して、総合的な判断が出来るような専門家ではない。心情的に、日本だけが非難されているような状況に憤るという感情は理解できるが、それをさらに進めて「侵略」であるかないかを結論づけるような判断にまで踏み込むのは、専門外のことに手を出しすぎているのではないかと思う。

「侵略」ということの判断は、それを専門的に細かく考えれば考えるほど簡単に結論が出せないことだろうと思う。それを村山談話で「日本の侵略行為」と判断するのは、政治的な判断であって歴史学的な判断ではないだろうと思う。政治的な判断というのは、そのような前提で日本は戦後の外交をスタートさせたという経緯を認めることなのだと宮台氏は指摘していた。

宮台氏自身は、学問的には日本の戦争を「侵略」とは考えていないようだ。しかし、外交的には「侵略」を認めることが現在の国益にはかなうと判断しているようだ。それを前提にしてサンフランシスコ講和条約が成立していると判断しているようだ。

僕も、「侵略」という行為の基礎に、植民地主義のようなイデオロギーが重要な要素として入っているのであれば、日本にはそのような明確なイデオロギーがなかったようには感じる。西洋列強が行った「侵略」とはその点で違うような気がする。宮台氏は、日本人のお祭り体質と呼んでいたが、イデオロギーのような論理で行動が規定されるのではなく、心情による共感で、みんながそう思っているのだからということで感情が行動の決め手になっているという。

戦争の拡大も、連戦連勝して、みんなが喜んでいるんだからいってしまえというような気分で拡大されていったと判断しているようだ。そこには植民地主義に基づいた考えで侵略を進めていくような冷静な判断がない。そのように、侵略の「意図」が感じられない行為は、結果的に「侵略」と同じ事実が見つけられても、「侵略」と呼ぶには学問的にはためらいがあるのではないかと思う。

そのような判断は、「侵略」という言葉で呼ばなかったから、「侵略」に対する責任はないのだという判断ではない。結果的に「侵略」と同じことをしたのなら、その結果には責任を持つべきだが、「侵略」という言葉の定義を明確に出来るなら、学問的にはその定義に従ってその現象を評価すべきだという立場だろうと思う。

田母神氏の「侵略ではない」という主張は学問的なものではない。だから学問的な評価をするのはふさわしくないだろう。しかし、それを感性で共感するから「侵略」という言葉に対して曖昧なままで済ませてはいけないような気がする。それがいろいろな意味で使われているということを自覚して、その点においては感性に流されないようにしなければ、同じ感性を持つ人間以外との理解し合うコミュニケーションが難しくなるのではないかと思う。田母神論文の真の教訓はそこにこそあるのではないだろうか。

田母神論文の論理的考察 5


田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)は論文「日本は侵略国家であったのか」で、前回に続く文章として次のように記述している。

「我が国は満州朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。」


ここで記述されていることがどのような意味を持っているかということは、直接記述されてはいないが、文脈から解釈すれば、日本が中国や朝鮮半島の近代化に貢献したということを主張したいのだろうと感じる。これが本当に「貢献」になったかどうかという点については異論を感じるところではあるが、その真偽については今は問うことなく、それが論理的な流れの中でどのような意味を持っているかを考えてみたい。この事実を語ることで田母神氏は、実は自らが抱いている「侵略」というものの概念について語っていると解釈できるからだ。

「侵略」という言葉の概念は、物理的な属性のように対象をよく観察すれば誰でも合意できるような属性として見出せるものではない。そこには様々な判断と評価が複雑に混在していて、その複雑な判断と評価に合意したときに初めて「侵略」という言葉の概念に対しても同じものを持つという合意が成立する。複雑な対象を表現する言葉はだいたいそのような性質を持っている。「数学」の定義は数学者の数だけ存在すると言われている。複雑な言葉はそれをどの視点から見るかで解釈が違ってくる。日本のかつての行為が「侵略」であるかどうかという判断は、「侵略」という言葉の概念によって判断が違ってくる。

もし「侵略」という言葉の定義をあらかじめ明確にしておいて、その定義に照らして現実がどうであるかという判断をしていけば、それはきわめて数学的・自然科学的なやり方になっていくだろう。だが、社会科学においては、そのような抽象的対象として設定したものが、必ずしも現実をよく反映しているとは限らない。定義を与えるために現実から何らかの抽象をしていけば、そのときに属性として捨てられるものが出てくる。この捨てられたものが実は本質的に重要だったということも、現実を対象にして考える場合は出てきてしまう。だから、社会科学的な考察では、最初に漠然と定義を語ることがあっても、その定義が本当に考察にふさわしいものであるかを常に考慮しながら論理を進めていかなければならない。定義は、現実の中での新発見によって修正される可能性がある。

そこで社会科学的な文章では、現実を語る中でふさわしい抽象というものがどのようなものになるかを語るという文章が多くなるだろう。田母神氏のこの部分もそのような解釈で受け取ることが正しい受け取り方ではないかと思う。日本が朝鮮半島や台湾に大学を作ったということ。そこで教育を受けた人々が、日本人と同等の扱いを受けて優れた軍人となったこと。またそこで尊敬を受けていた王族を尊重したことなど、これらの事実を語ることによって、このようなことがある「行為」は「侵略」に当たらないのだと、「侵略」の概念をこの事実の羅列によって示していると受け取れる。

田母神氏の「侵略」の概念がこのようなものである、つまり近代化とそれによる繁栄に「貢献」したということがあれば、それは「侵略」ではないという意味になると受け取れば、中心の主張である「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」ということへの論理的根拠を語っていると解釈できる。「侵略」という概念をこのように受け取れば、この論理の展開は論理としては正当であると言えるだろう。人間はものを考えるときは、論理に従わざるを得ないから、思考の展開を経て主張されたものには必ず論理的整合性を見つけることが出来るということの現れだろうと思う。その前提に疑問があったとしても、論理としての整合性は確認出来る。

さて論理の難しさは、論理の中での整合性が見つかっても、それだけでは個々の主張の正しさは出てこないということだ。論理の正しさというのは、命題という個々の主張の関係として成立する正しさであって、内容が捨象された形式的なものだ。だから内容の正しさを見るには、形式から内容へと踏み込んでいかなければならない。この場合でいえば「侵略」という概念(これが内容になる)が正当なものになるかという問題を考えなければならない。これを確かめるには、この概念が他の論理展開においても正しい結論を導くと言えるかどうかということを見なければならない。

田母神氏は、当時の欧米列強の植民地支配による「侵略」と日本の行為は違うものだという主張をしている。だから欧米列強の行為は、田母神氏が考える「侵略」の概念に相当するものとして論理的には帰結しなければならないだろう。果たしてそれはどうなのか。

高校の社会科の先生が歴史についてまとめたページがあったので、そこから「イギリスのインド支配」という文章に書かれたことを引用して考えてみたい。そこには次のように書かれている。

「イギリスは、英語教育の実施・イギリス的司法制度の導入・近代的な地租制度の採用・道路網の整備・鉄道の敷設などある意味ではインドの近代化を進めたが、これらはいずれもインドの植民地化を進めるための政策だった。

 イギリス人はインドを遅れた社会と考え、これらを文明化することが使命であると考え、カースト制や不可触選民の惨状・幼児婚・寡婦の殉死と再婚禁止の風習・インド女性の地位の低さなどインドの「憂うべき」インド問題をなくするためにはインド人の道徳・習慣・思考法をヨーロッパ流に変えていかなければならないと考えた。」


この記述を読むと、イギリスがインドの近代化に「貢献」したことが分かる。現在のインドの経済発展は、インド人の英語能力の高さが「貢献」しているという。特に英語圏であるアメリカでのインド人の活躍はめざましいものがあるそうだ。コンピューター業界でのインド人の地位は他の国の追随を許さないという。それは英語の能力に負っているところが大きいという。イギリスのインド支配は、このようなところで現在の繁栄とつながっていると論理的には解釈できる。

田母神氏は、「イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない」と、イギリスと日本の違いを強調しているが、これは「侵略」という概念を考えるときに抽象されるべき属性となるのか、それとも捨象してもいいような事柄になるかの判断は難しいものだ。

田母神氏が「侵略でない」という判断をした要素を書き出してみると次のようにまとめられるだろうか。

  • 1)その国の近代化に「貢献」した。
  • 2)近代化による「繁栄」をもたらした。(具体的には人口の増加など)
  • 3)大学を作り「教育」を整備した。
  • 4)王室との血縁関係を作り関係を強化した。


「侵略」を否定する概念がこのようなものであれば、イギリスの行為は侵略だが、日本の行為は侵略ではないと結論できるだろう。しかしどうも違和感が残る。2の近代化と4の政略結婚のようなものがどうもうまくつながらないような感じがしてくる。本当にそのようなことが近代化になっているのだろうかというようなことだ。また近代化をするということの中に、実は「侵略」に通じる概念があるのではないだろうかという思いも感じる。

先のホームページには、近代化の目的を「インドの植民地化を進めるための政策だった」と評価している。近代化に貢献することは必ずしも「侵略」を否定することになっていない。むしろ

「しかし、このためにインドの伝統的な社会慣習や生活基盤が破壊され、インドの自給自足的な村落社会は崩壊した。そのため支配者の地位を追われた王侯貴族から、職を失った手工業者・重税の取り立てに苦しむ農民に至る広い階層にまたがるインド人の間にイギリスに対する不満と反感が広まっていった。」


と記述されているように、近代化することによって「自給自足的な村落社会は崩壊した」と言えるのであれば、それは支配される側が主体的に望んだものではなく、押しつけられたものとして近代化が「侵略」であったと言えるのではないだろうか。近代化に「貢献」するだけではそれが「侵略ではない」ということが出来ないのではないかと思う。「侵略」という概念に対する田母神氏との違いを感じるところだ。

田母神氏は、イギリスのインド支配を教育の面や王族との関係で評価したが、実は朝鮮半島や台湾での伝統的な村落社会の破壊を伴った政策が同じようにあったのではないだろうか。「創氏改名」などが非難されたのも伝統を破壊する面があったからではないだろうか。

田母神氏は自らの「侵略」の概念によってイギリスと日本の違いを導き出しているように見えるが、その違いを導く「概念」の抽象はあまり本質的なものには見えない。むしろ末梢的なところの違いから両者の違いを導いているように見える。本質的には両者が重なって見えてくる。田母神氏の論理展開だけでは、日本の行為が「侵略ではない」と主張するのは弱いのではないかと感じる。

宮台真司氏は、宮台氏自身もあの戦争を「侵略でない」と考えていると発言したり、「南京大虐殺はなかった」と思っていると語ったりしている。判断としては田母神氏と同じことになる。僕は宮台氏がどうしてそのように考えているのか、宮台氏が詳しく語ったものを見ていないので、そのように考えているということしか分からないが、宮台氏の他の議論の展開を見れば、かなり強力な論理でそれを展開しているだろうという予想はしている。

それに対して、具体的に書かれた田母神氏の論理は説得力において弱さを感じる。それは本質が抽出されていないように感じるからだ。論理としての体裁は整えてあるが、論点が末梢的なものになっているように感じる。それは、「侵略」というものが価値評価的に「悪」だと判断されるために、そのようにいわれることだけは受け入れられないという感情的な面が論理の展開の弱さにつながっているようにも見える。

竹内好アジア主義に関する文章には、「そもそも「侵略」と「連帯」を具体的状況において区別できるかどうかが大問題である」というものがある。ある現象を一つの視点から見れば「侵略」に見えて、別の視点から見れば「連帯」に見えるということだろうと思う。それを「侵略」と呼べば「悪」であるけれど、「連帯」と呼べば「善」になるだろう。

「侵略」という言葉を価値評価の面を伴って判断すれば、それはどうしても感情面の「主観」的な見方が入り込むのではないだろうか。その「主観」を排して、価値評価抜きに「客観的」に「侵略」の概念を考えなければ、「侵略ではない」という判断の論理は強力にならないのではないかと思う。宮台氏はおそらくそのような論理展開をするのではないかと思う。僕が田母神氏への共感をためらうのは、この論理の弱さが原因しているのではないかと思う。宮台氏の強力な論理を知って、具体的に比べてみたいものだと思う。

田母神論文の論理的考察 4


田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)は論文「日本は侵略国家であったのか」で、次に「張作霖列車爆破事件」を取り上げて、これが「コミンテルンの仕業という説」を紹介して日本の正しさの一端を論証しようとしている。しかしこの論証は、あまり本質的なものではなく末梢的な部分の主張になっているように感じる。

張作霖列車爆破事件」は、日本の戦争拡大が「謀略」によるものであるということを主張するときの象徴的なものだと思うが、それは「謀略」であるということに関連しては重要だろうが、戦争全体が「侵略」であるかどうかという判断に関しては末梢的なものだと思われる。また「謀略」であるという考え方も疑問があるもので、日本はそれほどきめ細かな戦略を持って戦争が拡大したのではなく、偶発的な事件を利用して、いわばチャンスだから「やっちまえ」というような、あまり深い考えなしに戦闘行為に入っていったように評価する人もいる。戦争のイメージを左右する意味では象徴的だろうが、戦争全体の評価に関しては末梢的な部分ではないかと思う。

また、この事件が「コミンテルンの仕業」だとしても、その「謀略」を指摘して非難するのも、「謀略」に引っかかるほど頭が悪かったのだと告白しているようで、戦争の指導者に当たる防衛省航空幕僚長空将としてはふさわしくないのではないかと思う。戦争においてスパイが活躍するのは当然のことで、相手の情報を得て戦争を有利に持って行こうとする「戦略」は常に考えなければならないだろう。それが「謀略」と呼ばれるようなものであっても、道徳的には非難されるかもしれないが、味方を有利に導いていれば味方にとっては賞賛されるような行為になるだろう。相手が「謀略」を仕掛けてきても、それを上回る優れた戦略で対抗することこそが戦争の指導者に求められることだろう。

もし「張作霖列車爆破事件」が「コミンテルンの仕業」だとしても、それに対してどうして戦争の「不拡大方針」に反して当時の関東軍が戦闘行為を始めてしまったのか。挑発に乗せられていたのなら、どうして乗せられてしまったのか。それとも、いいチャンスだから拡大しちゃえ、というふうにあまり考えなしに戦闘を拡大してしまったのか。その後の展開の不利益を考えるとここに長期的な戦略があったとは思われないだけに、戦争の指導者としてはこの部分をこそ深く議論しなければならないのではないかと思う。これは、後の部分でアメリカの挑発に乗せられて開戦したことが語られているので、その部分にも通じる論理展開ではないかと思われる。

論理的な帰結で僕が重要だとして注目したいのは、

「日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。」


という主張だ。これを、論理的な主張としてもっと明確に表現すれば次のようになるだろう。


「<日本は侵略国である>かつ<侵略国は他にはない>、という命題は誤りだ。」


この「かつ」で結ばれた命題を否定すると、論理学のド・モルガンの法則により


「<日本は侵略国ではない>または<侵略国は他にもある>が成り立つ。」


この命題は「または」でつながれた二つの命題が少なくとも一つ成立すれば正しくなる。両立してもいい。そうすると「当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい」という言葉から、「当時の列強といわれる国は侵略国である」という主張を読み取るなら、日本の他に侵略国があるわけだから、上の「または」でつながれた命題は正しいと言える。

つまりここの論理の流れから

「日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。」


と主張するのは、論理的に正しいと言える。しかも、この前提である「当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい」という言葉から読み取れる「当時の列強といわれる国は侵略国である」という判断にも僕は賛成できる。従ってこの結論の正しさにも賛成できると言える。

この結論に関して合意できるということが何を意味するかということは間違えやすい部分があるので気をつけなければならない。この主張に合意したからといって、ここから「日本は侵略国家ではない」という結論が出てこないからだ。「または」という論理語でつながれた命題は、そこでつながれている一方の命題の成立だけが、その「または」の正しさにかかわっている。つまり、一つが正しいことが確認出来れば、もう一つの正しさに関係なく正しいと言えるわけだ。

ここでは<侵略国は他にもある>ということの正しさが確認出来たので、「または」の命題の正しさが確認出来た。このとき<日本は侵略国ではない>という命題は、成立してもいいし成立しなくてもどちらでもいいことになる。この命題の正しさだけでは<日本は侵略国ではない>という命題の正しさが引き出せない。

田母神氏の主張の核心は「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」ということだろうと思う。そうであれば、その主張に直接かかわってこない「日本だけが侵略国家というわけじゃない」という主張は、本質を外れた末梢的なもののように感じる。だがこの主張をここに入れたかった感情的な部分は理解できるような気がする。論理としては末梢的だったが、感情(心情)としては本質的な部分を持っていたのではないかと思う。

日本人的な感覚の中には、行為を結果で判断するよりも、その志の高さで評価する気分が大きいように感じる。よかれと思って努力したことなのだから、たとえ結果において失敗しても、その志の高さを評価すべきだという心情だ。戦争における玉砕戦法などは、戦闘行為の合理性からいえば評価できなくても、その志の高さが多くの日本人の感動を呼ぶほどの高い評価を与えているのではないかとも思う。

日本の中国大陸への進出も、その志の高さは、侵略行為を繰り返す当時の列強に対抗するためであって、アジア全体のために戦っているのだという正義があったと感じていたのではないだろうか。だから、列強は傲慢な植民地主義の元に「侵略」をしているけれども、日本は同じような「侵略」国ではないという思い(心情)があるのではないか。その心情はぜひ述べておかなければならないという感情面が、論理的には日本の「侵略」を否定するものではない、この部分の論理展開を挿入させたのではないかと思う。

この主張の後の文章では、日本の行為がいかに列強のものと違っているかが述べられている。論理的には、この部分の展開によって日本の行為は「侵略」ではないという主張を論証するものになっているだろう。論証については重要なのはこの部分であって、その前の「日本だけ」の「だけ」を否定することは、主張の本質にとっては重要ではない。ここは感情という「主観」が強く出てきている部分ではないかと思う。

さて、日本の統治が当時の列強といかに違うかということを述べた部分は、果たして日本の行為が「侵略」ではないという主張を論証するものとなっているだろうか。それを論証だというためには、「結果的に繁栄した」ということが「侵略」だということの否定になるかどうかという判断に賛成できるかどうかが必要だろう。僕はこれには躊躇する。「結果的な繁栄」と「主権の侵害」を伴う利権の独占は両立するものであり、「主権の侵害」という判断が「侵略」であるかどうかにかかわってくるのではないかと思われるからだ。

田母神氏はここの部分の主張を展開する段落で

「実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。」


という主張をしている。この部分が説得的に論証されるなら、日本の行為が「侵略」ではないということも説得力を持っただろうと思う。むしろアジア主義の理想を実現したのだと胸を張れるようなものになるだろう。

田母神氏は、この主張の後に、日本が行った政策を述べ、朝鮮出身の軍人のことを語ることによって、日本の統治の正当性を論証しようとしているように見える。これは確かにそのような事実があっただろうと思う。日本を好意的に受け止めた人々もいたに違いない。しかしこの事実は、もう一方では激しい抗日運動という抵抗の事実と対比させて理解しなければならないのではないかと思う。

結果的に日本は戦争に負けて、抵抗勢力に負けたと言えるのではないだろうか。日本人の感覚では「アメリカに負けた」という感覚が大きいのかもしれないが、実質的には連合国に負けたのであって、中国やアジア諸国抵抗勢力に負けたと受け取らなければならないのではないかと思う。

この抵抗には「ナショナリズム」というものが大きな要素を占めているのではないかと思われる。中国でも、それまでの支配者の軍隊であった国民党軍は全く日本の敵ではなかったが、人民軍である毛沢東八路軍のゲリラには日本は悩まされたという。これは、「ナショナリズム」の高揚によって生まれた抵抗者が戦闘において職業軍人よりも有効な戦果を上げたということだろうと思う。そしてまた、そのような「ナショナリズム」の高揚をもたらしたのは、もし日本の統治が田母神氏が語るような理想的な面を持っていたとするなら、「ナショナリズム」の高揚とどのような関係を持っているかを整合的に説明しなければならないだろう。すべてが中国共産党の「謀略」だといってしまうのは、あまりにも単純に受け取りすぎる。

この「ナショナリズム」は、ベトナム戦争における解放軍が抱いていたものに通じるのではないかと思う。この「ナショナリズム」が原動力となって、軍事的な力では圧倒的な違いがあるにもかかわらず、ベトナムアメリカを追い出すほどの強さを見せた。本多勝一さんなどは、このことは「侵略国」の弱さを露呈した事実だと解釈していたように思う。

日本の行為が「侵略」ではないと主張するのは、心情的には理解できるが、あまり生産的な方向へ向かわないのではないかと思う。むしろ、それは結果的には「侵略」と同じになってしまったということを反省して、どうして志の高さが正反対への結果と導かれていってしまったのかということの、論理的な理解を図ることの方が実りが大きいのではないだろうか。その方がアジア諸国の理解も得られ、今後に生産的な関係を築く可能性を大きくしてくれるのではないかと思う。単に謝るのではなく、失敗したことの原因を整合的に理解する方向の論理(思考)の展開が必要なのではないかと思う。

田母神論文の論理的考察 3


田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)の論文「日本は侵略国家であったのか」の中の次の「判断」を示す文章として以下のものを考察しよう。

「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。」


この文章も、「判断」を示す「で」「ある」という言葉が使われている。この主張においては、「被害者」という言葉をどう解釈するかが問題になる。僕はこの言葉に込められた意味を、「主体的な選択をしたのではない」「そうせざるを得なかった」というニュアンスで受け取る。そうすると、この言葉からは「戦争の結果における日本の責任は大部分は免除される」という結論が導かれるのではないかと思っている。犯罪における「被害者」の位置づけもそのようになっているのではないだろうか。

さて、この結論に至る論理の流れを田母神氏の文章から拾ってこよう。それは次のように並べられるものだと思われる。

  • 1)「日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。」(事実)
  • 2)「邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する」(事実)
  • 3)「これは」「とても許容できるものではない。」(主観的判断)

 (田母神氏は、「現在日本に存在する米軍の横田基地横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようもの」というような比喩による想像で、この事実との類似性を語り、この想像が「許容できない」のであれば、当然1,2で語られている「事実」も「許容できない」だろうと、「主観的判断」の合意を求めている。これが「主観的判断」であると考えたのは、その前提を認めてもなお違う感覚を持つ可能性が論理的にはあるからだ。前提を認めれば、誰もが結論を認めなければならないものだけを「論理的判断」と僕は考える。)

  • 4)「これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。」(事実)

 (ここでは、「で」「ある」という言葉が使われているにもかかわらず、これを「判断」ではなく「事実」として受け取った。これは「裏切られるのである」という言葉を、過去の事実を表す「裏切られた」という言い方に変えても、それが正しいかどうかの判断を客観的にすることが出来ると考えたからだ。ここの「で」「ある」は、それが「事実」だという判断を強調する言葉として捉えた。「日本政府は辛抱強く和平を追求する」という言葉に対しては、客観的な「事実」であるかどうかという問題は残るが、これを「判断」として考察すると、「判断」の構造が複雑になるので、とりあえず「事実」として受け取っておく。)

 (これは観察による「事実」ではないが、田母神氏が述べているいくつかの「事実」から論理的に帰結されるという意味での「事実」だと解釈した。これは本質的には「判断」と呼ぶべきだろうが、4と同じ理由で、「判断」の構造が複雑になるので、とりあえず「事実」として捉えておく。文章の順番としては逆になるが、次の6によって「コミンテルンの手先」が国民党軍を「動かしていた」という論理的前提から、5の結論が導かれる。これを「事実」から導かれた「事実」だと考える。)

  • 7)「コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。」(事実)

 (これは、コミンテルンの目的を記述した文書などがあれば、客観的事実として確立するだろう。今の僕には確かめる情報がないが、とりあえず「事実」だとして受け取っておく。)

  • 8)「我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937 年2

8 月15 日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。」(事実)
 (この文章の前半部分の「我慢しきれなくなって」というところは、客観的にそうだということを誰もが認めるというものにならないので、田母神氏の主観を表明したものとして受け取った方がいいだろう。しかし、後半部分の「声明を発表した」という部分は、それが実際にあったかどうかを客観的に確かめることが出来るので「事実」に当たると考えていいだろう。これも今の僕は実際に確かめてはいないが、とりあえず「事実」だと受け取っておく。)


以上のような前提から「日本は被害者だ」という判断が導かれてくる、というのが論理的な流れになるだろう。日本がとった道が、「そうせざるを得なかった」という主張になるのは、8の前提にあるように「我慢しきれなくなって」という「主観」の作用が大きい。もし「我慢しきれない」のではなく、むしろ日本の側が中国側(国民党軍やコミンテルン)を挑発して、中国側に「そうせざるを得なかった」ような行為をさせたのであれば、日本は被害者ではなく、主体的な選択をしたことに責任を持つものとなる。

これはなかなか微妙な判断だ。日本が持っていた強大な軍事力や、それを育てた明治以降の日本人の優秀性を考えれば、強大な軍事力の自信を背景に策略を巡らして中国側を挑発したのだと考えたくもなってくる。それが結果的にうまくいかなかったということはあるが、その失敗に対しては、優秀さを示した方が責任を負わなければならないだろう。かつての日本が優れた国であると思いたい心情があると、ここでは田母神氏の主張に反対したくなる。日本は「被害者」ではなく、主体性を持っていたのだが、その考えが不十分で見通しを誤ったのだと理解したい気になってくる。

田母神氏のように「日本が被害者だ」と考えると、テロや挑発はすべてコミンテルンの策略であり、責任はコミンテルンにあることになる。しかしそのように考えることは、コミンテルンの策略に日本も蒋介石の国民党軍も踊らされていたという「判断」を伴わなければならないだろう。この「判断」には、コミンテルンがそれだけ優秀さを持っていたという「判断」も含まれる。

この「判断」にも賛成したい気持ちが僕の中にはある。それは、日本軍というものが、ある時点から全く論理的な判断をしなくなったように見えるからだ。玉砕戦法などは、その後の戦闘に対する戦略が何もなく、きれいに散って気分がすっきりすればいいだけというようにも感じる。宮台氏の言葉で言えば、フィージビリティスタディというものが全くなされていなかったのが日本軍だと言えるだろう。このような戦闘をすれば、結果的にどのような戦果があり、どのような犠牲があるか、ということを冷静に考えるだけの優秀さがなかったように感じる。メンツが守られれば死をもいとわないという感情はあるものの、多くが無駄に死んでいったようにも感じる。

論理的にものを考えない日本軍であれば、何らかの戦略を持っていたコミンテルンに手玉にとられたとしても、それは仕方がないことのようにも見える。そのような意味では、田母神氏が語っているように、戦争の結果が裏目に出たのはコミンテルンの責任が大きく、「日本は被害者だ」という言い方が正しいような感じもする。

ここでの田母神氏の主張は、論理的な流れはあるものの、そこに「主観的判断」が伴っているので、これに対しては論理の前提を認めて賛成するという論理的態度よりも、その主観に共感して、「そう感じる」という気持ちの賛成の態度が生まれるかどうかという現象の方が見られるのではないかと思う。コミンテルンの策略に対して、正義を貫いた日本がどうして悪く言われなければならないんだ、という憤りを感じるならば、気持ちの上での共感が生まれてくるのではないだろうか。

日本軍に正義があり、日本軍の行為は、コミンテルンのテロなどの残虐行為の報復としてあるのだから正当であると思えば、非難されるべきはコミンテルンであり、「日本は被害者だ」ということになるだろう。この主張を受け入れるかは、その心情において共感するかどうかにかかわっているように思う。

僕は、この主張に関しては田母神氏への共感はない。むしろ、日清・日露の戦争における日本軍の戦略の優秀さや、その規律の正しさのすばらしさが、日中戦争においてはどうして失われてしまったのかということの方が気になる。確かに、日本軍は中国側に翻弄されて冷静な判断を失い、その後非難されるような行為をしてしまったように感じる。だが、これは「被害者」だから相手が悪い、と相手に責任を転嫁できるようなものではなく、冷静で論理的な判断を失っていった日本の側に大きな責任があるものだというのが僕の感性だ。「被害者」であることに憤るよりも、優秀さを失っていった失敗の原因を追及することの方が大事だというのが僕の考えだ。

クリント・イーストウッドが撮った映画「硫黄島からの手紙」では、硫黄島での司令官・栗林中将の優秀さが描かれていた。戦いそのものは絶望的な前提で、全滅することが確実であったにもかかわらず、その条件の中では最高の戦果を上げたものとして語られている。太平洋戦争のさなかでも、戦略の優秀さを示す人間はいたのである。

しかし、本来もっと優秀さを示すのであれば、硫黄島で玉砕することを選ぶのではなく、犠牲を最小限にとどめ、その後の反撃につながるような戦略を選ぶべきだっただろう。それが出来なかったというのは、日本軍の優秀性が、どこかで狂ってしまったのだと考えざるを得ない。それがどこなのか、それがなぜなのか、それこそが軍事的な論文で語られなければならないのではないかと思う。

田母神氏の論文でのこの部分は、田母神氏の憤りと心情がよく語られてはいるものの、問題がより本質的なところへ行くようにはなっていないと感じる。気持ちは分かるけれど、それは同じ感情を有する人間にしか共感されないのではないかという気がする。これでは、敵と見なされる相手とは決して建設的な関係を結ぶことが出来ない。敵とは殺し合うだけしかないのだろうか。敵と理解し合うことが、感情の回復にも必要なのではないだろうか。このような発想では、いつまでも憤る感情を引きずりそうな感じがする。

しかし、田母神氏のこのような感情が共感を呼ぶとしたら、それはかつて日本軍が失敗に落ち込んだ構造がまだ日本社会に残っているのではないかという疑いを感じさせるのではないかと思う。コミンテルンの挑発に乗って、「耐え難きを耐えてやってきたのに」という気持ちが爆発したとき、挑発する相手よりもさらにひどいことをしてしまうという結果を導くという失敗を繰り返すのではないか。相手が挑発してきたときにこそ冷静な判断で対処し、相手よりも優れた戦略で対処することが必要なのではないだろうか。そうでなければ失敗が教訓として生かされていないような気がする。

現在の北朝鮮外交を見ていると、北朝鮮の挑発に対して、日本は強い憤りを表明するだけで、冷静な戦略を示すようなことをしていないように見える。相手がひどいやつに見えるときこそ、冷静な戦略を考える、かつての日本の優秀さを取り戻す必要があるのではないだろうか。田母神氏のここでの主張は、心情的には分かるが、上のような理解から僕には賛成することが出来ないし、共感することも出来ない。

田母神論文の論理的考察 2


田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)の論文「日本は侵略国家であったのか」の中から「判断」を直接語っているように読める部分を探し出し、その「判断」が導かれる過程の論理展開を考えてみようかと思う。まず最初の考察の対象となるのは次の文章だ。

「現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。」


この文章が「判断」を語っていると解釈したのは、文章の終わりに「で」「ある」という「肯定判断」を示す助動詞が使われているからだ。これは「判断」を直接言葉によって表現している。文脈から、何らかの「判断」をしていると解釈できるのではなく、「判断」そのものが直接表現されていると考えられる。

この「判断」が提出される前段では、軍隊の駐留の正当性を「二国間で合意された条約」に求めている。従って上の文章の主張を文脈からも考えると、中国政府の言う「日本の侵略」は、「二国間で合意された条約」という合法的な行為の元でなされたのであるから、という根拠の元に「侵略」だという指摘が間違っているのだという主張につながる。この「で」「ある」の「判断」は、日本軍の中国駐留が「合法的で正当」だということの「肯定判断」としてここで語られていると解釈できる。

さらに言えば、次の文章で「昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない」という普遍的「事実」を根拠に、「圧力の存在」すなわち「主権の侵害」が合法性に疑問を投げかけるとしても、そのようなものは常に存在していたものであるという理由から捨象できると「判断」している、と文脈上は受け取れる。これを捨象しないで、「圧力をかけて結んだ条約は無効だ」と判断するなら、すべての条約の合法性は失われる。「圧力を伴わない条約」などないからだ。従って、条約の正当性を主張するためには、「圧力をかけるほどの力を持つことが条約の正当性を確保する」という暗黙の前提が必要になるだろう。これは、条約の正当性というものを、道徳的なものとして解釈するのではなく、実効的なものをもたらす根拠と考えるなら、歴史的にはそのようなものだったとする判断も肯定されるのではないかと思う。

以上をまとめれば、「日本軍の中国駐留は正当である(すなわちそれは侵略ではない)」という判断が論理的な結論として導かれるための論理展開の流れは次のようになるだろうか。

  • 1)二国間で合意された条約には正当性がある。(仮定)
  • 2)圧力を伴わない条約は歴史上存在しなかった.(事実)
  • 3)合意された条約にも必ず圧力が存在する。(2の事実から導かれる)
  • 4)圧力によって結ばれた条約にも正当性がある。(1の仮定によって正当性は確保されているので、圧力の存在という事実はその正当性に関係ない)
  • 5)中国との条約は軍事的圧力によって結ばれた。(事実)
  • 6)中国との条約は合意に基づいて結ばれた。(事実)
  • 7)中国との条約は合法的な正当性がある。(5,6の事実と、4で導かれた判断から帰結する)
  • 8)条約によって合意された行為を行うことには正当性がある。(仮定)
  • 9)日本軍は中国との合意された条約に基づいて駐留していた。(事実)
  • 10)日本軍の中国駐留には正当性がある(すなわちそれは「侵略」ではない)。(9の条約が合意のものであったという事実と、1と8を仮定して得られる論理的帰結を根拠にして導かれる)


論理の展開を仮言命題として考えると、究極の出発点になる前提に対しては、それは他のことから導かれることがないものになる。途中で現れるものなら、それはそれ以前の前提から導かれるということが考えられるが、最初の出発点はそうはいかない。従って、仮言命題を考える限りでは、どうしても「仮定」として設定しなければならない事柄が出てくる。そのような考えから1と8を仮定として設定して論理の流れを考えてみた。

この仮定の選び方は、数学における公理系の設定の仕方に似ているのではないかと思う。それは結論を導くために必要なものとして設定されるが、具体的に何を設定するかは自由に選べる。従って、他の仮定を設定して、その仮定から上記で設定したものが導けるようにすることも可能だろうと思う。その意味で仮定の選び方には恣意性がある。だが、それが論理の流れを作っているということが重要だ。最終的な結論が導けるように仮定を調節するという視点で仮定を選ぶ必要があるだろう。また、その仮定は前提として置くのに合意できるような、無理のないものである必要もある。ご都合主義的な、結論を導くのに都合がいいという理由だけで選ばれている仮定なら、それはなかなか合意してもらえないだろう。

そのようなことを考えると、上で設定した二つの仮定

  • 1)二国間で合意された条約には正当性がある。(仮定)
  • 8)条約によって合意された行為を行うことには正当性がある。(仮定)


は、言葉の上だけで考えるなら合意できるような内容になっているものと思われる。しかし、この「合意」の中に「圧力を伴う」ものも含まれるとなると、それに賛成できない人もいるのではないかと思う。果たして「圧力を伴う」ような「合意」は不当なものだろうか。

これは、法的に権利が認められているような制度のもとで、圧力をかけて結ばれた契約があったとしたら、それは正当性があるとは言われないだろう。だから、問題は国際関係の元での制度が、果たして法治国家の元での制度と同じように見なせるかどうかということになるのではないかと思う。

法治国家の元では、国家権力という個人を超えた強大な力が、契約において圧力をかけたものを排除する力を与える。そのような圧力をかける個人を超えた力で国家権力がそれを排除するように働く。合意というものを、主体的意志によって合意するというものだけに正当性を認めるように働く。合意の中に、「圧力を伴う」ものが含まれない。

それでは国家間の条約についてはどうだろうか。国家を超えた強大な権力が、その条約の主体的意志を保障するような働きを持っているだろうか。そのようなものは、国家という存在の間にはない。最も強大な軍事力を持った国が、ある意味では恣意的に行うような行為が許されている。というよりも、誰もそれに逆らえないといった方がいいだろうか。現在のアメリカ合衆国の軍事力の行使に、他の国が反対したとしてもそれを阻止することが本質的には出来ない。

国家間の行為に関しては、力(軍事力)の強い国が自分の意志を貫徹するというのが歴史の事実だった。明治の日本政府も、そのような国家間の状況を理解して「富国強兵」という目標を掲げて軍事力の増強を図ったのだろうと思う。そしてそれはある程度成功したとも言える。

国家間の意志のぶつかり合いは、軍事力の裏付けがなければ、倫理や道徳あるいは論理によっては正当性が確保できないというのが今までの歴史であり、国家を超える強大な権力がないという状況では理屈でもそういわざるを得ないのではないかと思う。国連はそのような存在となっていないからだ。

そのようなことを考えると、田母神氏が、圧力を伴う条約のことを、そんなことは問題ではないと感じるのは軍人としてのごく普通の当たり前の感覚ではないかと思われる。問題は、圧力をかけられて条約を結ばざるを得ないほど弱い国家であったということに自己責任があるのだという考えではないかと思われる。これは軍人としては当然の感性であろうし、だからこそ強い国を作らなければならないという使命感にも通じるものだろう。

ここで考察した田母神氏の論理展開は、軍人としては当然の仮定を含んでいて、その仮定を選びたくなる心情は、また軍人として当然の感性でもあると考えられる。この感性に共感する人は、この論理に共感したくなるのではないだろうか。つまり、仮定の選び方に賛成したくなるのではないかと思われる。

僕自身も、国家における条約に関する判断は、やはり国家を超える強大な権力が存在しない以上田母神氏が語るような面があるのを認めざるを得ないと思う。しかし、そうであるからといって、圧力をかけて、自分に有利な条約を結ばせることが国家として今でも正しい道だという感じはしない。今は時代が違うのではないかという思いを抱いている。むしろ、今の時代においては、力(軍事力)によって圧力をかける関係になってしまえば、双方の国家が共倒れになる可能性が高いのではないだろうか。かつては、西欧先進国と遅れたアジアの国とでは、国家としての力に歴然とした違いがあったので圧力をかけてでも条約を結ぶことに国益があったかもしれない。しかし、今の時代にそのようなことをすれば、簡単に相手を制圧できるような力は、もはや世界一の軍事力を持っているといわれるアメリカにもそんなものが無い。

田母神氏が、過去の戦争に対してこのような思いを抱くのは、その評価が自分たちを不当におとしめているという感情的反発を生むので仕方がないとしても、これからの国際関係においては、その過去の考えがそのまま通用すると考えるのは間違いではないかと思われる。むしろ、これからの国際関係は、自国の利益を図るために、相手国にも利益となるようなものを発見して交渉していくことが重要だろう。宮台氏の言葉で言えば「Win−Win(双方が勝利するという意味)」の関係を作ることが重要になるだろう。

田母神氏の論理展開は、心情的には理解できる感じがする。しかし、今この時点で防衛省航空幕僚長空将という立場の人間が語ることとしてふさわしいかという問題を考えると、それは間違いであるように感じる。それは、もはや簡単に圧力をかけられなくなった相手であるアジア諸国に対して、また同じように圧力をかけてその上に君臨したいという意志を日本が表明していると誤解される恐れがあるのではないかと思う。かつての日本の行為が、日本だけがひどく言われることに憤慨するという心情的な問題はあるだろうが、それを今そのまま表現することは間違いだったのではないかと感じる。これは論理的な間違いではないが、戦略的な間違いではないだろうかと思う。

日本政府が語る公的見解は、少なくともアジア諸国とは双方の利益を図りたいという意思の表明として国際的には発しているものだろう。だからこそ過去の戦争のある面を否定するのだと思う。それに対して、日本政府が否定している部分を肯定的に主張する田母神氏の論文は、その立場から言えば決して語ってはいけない言葉だろう。もしそれを語りたいならば、今の立場を離れてやるべきだというのが、宮台氏が語る、田母神論文の本質的問題なのだろうと思う。それは国益を損なうのだと思う。

田母神論文の論理的考察 1


田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)の論文「日本は侵略国家であったのか」を論理的に考察してみようかと思う。田母神氏が展開している文章を、「事実」と「判断」と「意見(主観の表現)」とに分けて、「判断」に当たる部分の論理性を考えてみようとするものだ。

宮台真司氏によれば、田母神論文の問題点は、防衛省航空幕僚長空将という立場にいる人間が、公的に発した発言が、政府の公的な見解と異なっているところに本質があるという。もし言論の自由ということで意見表明をしたいのなら、その立場を離れて自由な私人として主張すべきだというのが宮台氏の評価だった。あのような意見を表明したいのなら、防衛省航空幕僚長空将をやめてからやってください、というのが宮台氏が語っていたことだった。それがシビリアンコントロールからの見解だという。これはもっともなことだと僕も思う。

宮台氏によれば、田母神論文の問題は、論文の中身の問題ではなく、このようなそれが発表された状況の問題だという。だが、僕はこの論文の中身もちょっと考えてみたい気がしている。それは、「朝まで生テレビ」でこの論文について議論したところ、放送終了後のアンケートでは60%ぐらいの人がこの論文に共感していたという結果が出ていたということをどこかで見たからだ。この共感の多さと、論文の中身との関係について考えてみたいと思った。この共感の多くは心情的なものであり、論理的なものではないだろうと僕は感じる。つまり、論理的に正しいからそれに共感するというものではなく、心情的にそれを好む傾向が日本人の中にあるということの現れだと思う。それは僕自身の中にもあるものかもしれない。この心情を論理によって理解したいと思う。

論理的にはたぶん間違っているだろうけれど、心情的に共感を感じる経験というのは僕にもある。それをはっきりと自覚しているのは、「ゴッドファーザーパート1」の映画を見たときの感動だ。「ゴッドファーザー」の主役はマフィアと呼ばれるギャングだ。彼らは違法行為をし、しかも残虐な殺人を行う、弁護の余地のない人間たちだ。しかし、彼らの家族を思う強さと、家族のためには命がけで行動をするというその心情に僕は感動する。おそらく多くの男たちもそのように感じるだろうと思っている。

宮台氏は、人間社会のルールとして「人を殺すな」というものはないけれど、「仲間を殺すな(守れ)」と「仲間のために敵を殺せ」というルールがあると語っていた。「ゴッドファーザー」の中のマフィアはこのルールを厳しく守っている。外国映画で描かれたものなのに、日本人である僕にも共感と感動を呼ぶこの表現は、おそらく男という種類の人間に共通している心情ではないかと思う。田母神論文が多くの人の共感を呼んだというのも、このような心情に訴えたのではないかという感じがする。「朝生」を見ている人間はたぶん男の方が多いのではないかと思う。そして共感を寄せた人間たちも圧倒的に男が多かったのではないかと思う。

そこで田母神論文の中身において、論理に訴える判断の部分と、心情に訴える主観を表現する部分を比較しながらその訴えの効果というものを考えてみたいと思った。「事実」と「判断」と「主観」という3種類のものは、きれいに分けられるものではなく、解釈によって「事実」の羅列が「判断」を語っているようにも見えるところがあるかもしれない。直接「判断」の言葉がなくても、その「事実」を追っていけば、当然このように考えるだろうというような結論が導き出せるときは、それは論理による「判断」だといってもいいだろうと思う。

論理的な「判断」については、共感というよりもその論理展開の正しさが読み取るときの主題になる。「主観」の表現については、感性としてそれに共感できるかということを考えたい。「事実」については、それが本当に「事実」であるかどうかが確かめられれば望ましいのだが、僕にとって専門外のことはなかなかそれが難しいものもある。だから「事実」についてはその真偽については評価せずに、とりあえずその「事実」が正しいという前提で論理の展開を見ていこうと思う。つまり、論理的判断を「仮言命題」と考えて、論理の部分の正しさのみを考えていこうというわけだ。その前提の正しさを認めれば、結論している「判断」も必ず認めざるを得ないような論理が展開されているかどうかに注目したい。

まず、田母神氏が「事実」を語っていると思われる部分を引用して、僕が何を「事実」だと受け取るかということを説明しよう。僕は、次のような表現を「事実」だと判断する。

アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。」


この表現で語られている内容は、観察によってそれが確認出来る。つまり対象として存在しているものの属性として語ることが出来る。従って、この表現が正しいかどうかは、その対象の属性がこの表現に語られているようなものであるかどうかという客観的な対応を見ることで確かめられる。そのようなものを僕は「事実」と判断する。ここで語られていることは単純なことなので、これが「事実」であることは僕にも分かる。専門的な知識を必要としないからだ。

これに対して次のような表現

「これをアメリカによる日本侵略とは言わない。」


というものは「判断」であると僕は受け取る。「侵略」というものが属性として観察できるものではないと考えるからだ。また、これを「判断」という論理的な帰結だと考えるのは、この後にこの「判断」が導かれた根拠が語られているからだ。もし根拠なしにこの「判断」だけが唐突に語られていれば、これは文体という形式としては「判断」のように見えるが、内容としては「主観」を表現しているものだと受け取る。根拠を伴わない意見表明は「主観」の表現であると受け取るわけだ。

この「判断」の根拠を引用すると、次のものであると考えられる。

「二国間で合意された条約に基づいているからである。」


これが「判断」の根拠であるということは、「から」という理由を語る言葉が使われているところからそう考えた。これを論理としての「仮言命題」の形に書くならば次のようになる。

「二国間で合意された条約に基づく行為である」(前件)
        ↓(ならば)
アメリカによる日本駐留はアメリカによる日本侵略とはいわない」(後件)


この仮言命題は、前提になる部分がある暗黙の了解を含んでいるように思われる。論理として分析する場合は、そのような暗黙の前提もすべて「前件」の中に含めなければ論理としての正当性を判断することが出来なくなる。そこで、「後件」である結論が必ず導けるような形に整えるために暗黙の前提を探してみよう。次のようになるだろうか。

  • 「侵略行為」の判断に関して、主権の侵害などの要素は捨象して考える。(つまりそのようなことがあったとしてもその「事実」は無視する。)
  • 「侵略」の判断は、「二国間で合意された条約に基づく行為」であるかどうかだけを基準とする。(条約に基づく行為であれば「侵略」ではない)
  • アメリカ軍の日本駐留は、日本とアメリカの二国間で合意された条約に基づく行為である。

 (ここまでが「前件」としての前提。このすべてが成り立つことを「前件」とする)
      ↓(ならば)

  • アメリカによる日本駐留はアメリカによる日本侵略とはいわない」(後件)


このように前提を整えれば、一応前提を認めたときには必ず結論を認めざるを得ないという論理展開になっているのではないかと思う。この論理展開の正しさは、前提の正しさには関係ない。前提が間違っていたとしても、この論理であれば、それは論理としては正しいと言える。

この前提に疑問を持つ人が正しさに疑問を持つのは、論理の正しさではなく結論で主張されていることの真偽という正しさの方である。例えば、「侵略」の判断に「二国間で合意された条約に基づく行為」ということだけを基準に置くことに疑問を持つ人は、主権の侵害などの、無理矢理押しつけた条約による行為が正しいものではないというような異議を唱えるだろう。つまり、主権の侵害などを無視することに賛成できないだろうと思う。

このように前提の中に否定したくなるようなものがあれば、その前提を置くこと自体に反対することになるので、その人はこの結論に反対したとしてもそれは論理的には間違っていない。論理的に言えることは、前提のすべてを認める人は、その結論も受け入れなければならないということだ。前提をすべて認めるにもかかわらず、結論は気に入らないという人は、論理に従った思考をしていないことになる。しかし前提の中に一つでも認められないものがあれば、その人が結論を受け入れられなくても論理的には間違いではない。論理というのはそういうものだ。

僕も、この論理はあまりに単純すぎると思うので、「侵略」というものについてもう少し説明がないと、この判断については受け入れがたいものを感じる。「侵略」という行為があったかどうかは、もっと多様な面を考察の中に入れて判断すべきだろうと思う。

田母神論文は、一応論文の形をとっているので、その文体としては論理の展開をしているように見える文体が多い。しかし、上で考察したように論理の前提に暗黙に了解している事柄をおいているように受け取れるようなものが多い。結論を導くための前提が不足していて、根拠の提示が不十分であるのを感じる。これを根拠のない主張として受け取れば、論理の展開のように見えるものが「主観」の表明として受け取れるようにもなる。

田母神氏は、アメリカの日本駐留が侵略ではないことの類推として、日本軍の中国駐留も侵略ではないという方向へ論理を展開していこうとしているが、これが根拠が弱い主張であると受け取られると、それは田母神氏がそう「思っている」だけだと、田母神氏の「主観」ではないかと理解されるのではないかと思う。

田母神氏の論文は、日本軍の行為が「侵略ではない」ということを客観的に示すことが目的ではないかと思う。その客観性が不十分で、それが主観的な見解にしか見えなかったら、その目的は論理的には達成されていないということになるだろう。それでもなお主観としては共感を呼ぶのなら、その共感の元になっている心情を考えてみたいと思う。それは、もしかしたら男としての自分の中にもあるものかもしれない。